2022.6.15オンライン開催!中学校教諭を目指していた青年は、なぜ自然学校を立ちあげたのか? 和田祐樹さん

「語り場プロジェクト~私たちのターニングポイント」今回のゲストは和田祐樹さんです。

 

和田祐樹さんが郡山市湖南町に、ホールアース自然学校福島校を立ちあげたのは2013年。東日本大震災の2年後です。活動の中心事業で、一番の柱にしているのが「遊牧民キャンプ」。そこでは大人のことを「大きい子ども」と名付け、大人と子どもの境界線をなくして一緒に行動しています。通常、子どもたちが出会っていく親や親戚、学校の先生たちとは違う大人と出会うキャンプ。そこでは、子どもたちが描きがちな「大人」という価値観を少し崩して「こんな変な大人もいるんだ」という、出会いをしてもらいたいという願いを込めています。

 

自然学校運営者というと、私たちは「自然が好きだから」という先入観を抱きがちですが、和田さんの場合は違いました。中学時代に出会った人間味ある先生たちに影響されて教師を目指し、迷うことなく地元福島県にある福島大学に入学した和田さん。しかし大学時代に経験した「ある挫折」をきっかけに、数々のチャレンジを重ねた結果、自然学校にたどり着いたのでした。それでも「いつも人に恵まれていた」と笑顔で語る和田さんの人生のターニングポイントとこれからの展望を伺いました。

 

 

地元では「荒れた中学校」と言われていたが実際は…?

1985年、福島県矢吹町に生まれ育った和田さんが通った中学校は、当時「荒れた学校」という評判でした。町で何か問題が起きると、真っ先に学校に電話が来るということが多々ありました。それに対して当時の校長は「若いからエネルギーがあるのはわかる。ただやるなら校内でやりなさい。(先生が責任をとるから)」と生徒に言う人でした。また遅くまで学校にいると、一緒に食事に誘ってくれて家まで送り届けてくれる先生もいました。

 

困ったときにそばで話を聞いてくれる。誰かの支えになるような存在を、教員の姿に重ねた和田さんは「学校の先生っていいな」と思い、憧れの先生の出身校である高校に進学。卒業後は福島大学の教職課程に進みます。

 

「生きる力」を学びたいのに教わったのは方法論ばかりの講義

大学の教職課程で学んだのは日本国憲法や教育基本法など、教育に関する知識や教える技術でした。和田さんが求めていたのは、子どもたちが生きる力を育む教育の方法。

「当時、インターネットやSNSを介したいじめが流行っていて、社会問題にもなっていました。それなのに授業では、そのことに触れる機会がほとんどない。授業を教える方法論の方にばかりいってしまい、今社会に起こっていることに向き合っていけないような、もどかしさがありました」(和田さん)

 

高校時代から生徒会の執行部や文化祭の実行委員をやってきた和田さんは、福島大学でも学園祭の実行委員になります。それなりに経験値もあり、マネジメントには自信がありました。しかし実行委員会の仲間は、結成旅行で泊まった旅館の壁に酔った勢いで穴をあけたり、学祭当日のイベントではライブが想定以上の盛り上がりをみせ、体育館の床が抜けたりと問題だらけ。実行委員の先輩方から「何やっているんだ」と責められることもあり、忙しさと共に徐々に学内で孤立していった和田さんは、気持ち的にも次第に追い詰められていきます。

 

「当時は福島大学というところが世界のすべてだったし、本当にしんどすぎて『どうやったら今僕に、こういう思いをさせている人たちに後悔させながら死ぬこととができるか』ということばかり考えていましたね」(和田さん)

 

生き方を見直した友人の言葉

思い詰めていた和田さんは、たまたま同じアパートに住んでいた友人に「いつも一人で、ぽつんと一人で浮いているんだよね」と打ち明けます。ところが友人からは意外な返事が。「よかったじゃん。人は群衆の中にいたら周りは見えない。ちょっと浮かないと遠くまで見渡せないんだよ」と。思いも寄らない言葉にハッとした和田さんは、自ら福島大学のキャンパスを飛び出して、近隣にある様々な大学の学生と交流をもち、学生団体立ち上げの手伝いなどにも関わるようになります。さらに「もっと広い世界を見たい」と、夏休みを利用して国内をヒッチハイクしてまわったり、東南アジアへ日本語教師のボランティアに行ったりしました。その旅から帰ったとき「浮くのはよいことだ」という言葉で和田さんを救ってくれた友人と再会します。

 

「本当の仲間」との出会い。だからこそ揺れた気持ち

その時和田さんは大学4年生。「学生のうちにやりたいことをやりつくそう!」という友人の発案で始めたのが「まちなかで本気で鬼ごっこ」。誰もが子どもの頃、夢中になって走った記憶があるはず。それが大人になるといつの間にか億劫がってしまう。「だからこそ、走ることを純粋に楽しむイベントができたらおもしろいね」という発想でした。賛同した大学の友人たち10数名が福島市の街中の商店街の大人たちを説得し、福島市役所を説得し、警察を説得して始めたこのイベントは、思いのほか好評で、気がつけば回を重ねることとなりました。メンバーとは喧嘩もしたし、夜中まで議論を闘わせたこともたくさんありました。それでもイベントを開催するときには心を一つにして取り組めた。

 

「本当の仲間って、一緒にいる時間の長さや生理的に合っているかいないかは関係ない」と心から和田さんが思えた人たちでした。だからこそ「彼らに甘えてないと生きていけないかもしれない」という危機感を抱いた和田さんの次の行動は、オーストラリアへのワーキングホリデーでした。

 

人生観を変えたワーキングホリデー

和田さんが選んだのは、オーストラリアにある小さな離島、金曜島で行っている真珠の養殖の仕事でした。住民はおらず、養殖に従事する5人だけが住む島。半分無人島のような状況の島で、朝起きると朝食を食べ、真珠の養殖の仕事をする。昼食後はまた真珠の養殖の仕事。それが終わると食事の確保のために魚やエビを捕り夕食を食べて寝るという生活。島から有人島に行くまで、小船で40分くらいかかり、運行は1週間に一度程度。その船を失うと、島に渡る手段がなくなるという環境で2カ月暮らしました。この時に痛感したのは、自然の前では全く無力な自分の存在。食料になる魚も満足に捕ることができない和田さんのことを「日本の先生になる大人は、何もできないんだね」と現地の男の子から笑われたことも。教師になるために和田さんが必要だと考えていた「生きる力」のなさを痛感した2カ月でした。

 

この体験は和田さんの人生の大きな転機となります。「人は協力し合わなければ生きていけないし、人間は自然の驚異の前では、ほんの小さな存在である。…であれば自分は学校現場ではなく、自然のことを伝えられる教員になろう。そのために生まれ育った福島県で自然学校をやる!」という夢を見つけたのです。

 

ホールアース自然学校で働く

帰国後大学を卒業した2009年。和田さんは自然学校業界のリーディングカンパニーであるホールアース自然学校に研修生として参加。同年9月には職員になり静岡県や岡山県で活動します。合間に当時の業務でもあり、関心もあった洞窟探検をするなど自然を相手にやりがいを持って取り組む中、2011年3月に東日本大震災が発生しました。社会人2年目の出来事でした。ホールアース自然学校として、福島県いわき市に支援に入ったものの、1週間に1回の支援が2週間に1回になり、やがて1カ月、2カ月に1回になっていくにつれ、支援の方法に疑問を持つようになります。「震災と原発災害にあった福島県の今の状況にこそ自然が必要だ」と思った和田さんは、当時の代表に直談判。福島県郡山市湖南町に自然学校を開設することになります。

 

目に見えない価値観を体現するということ

自然学校の運営で和田さんが気づいたのは「教える」という行為のおこがましさ。教わる側にとってみれば「ムダな教え」が多いかもしれないからです。それよりも自然を体験する中で得る「気づき」や「きっかけ」を作り出すことに価値を見いだしています。また忙しすぎる日常から、もっとゆったりした時間の中で「夢中になれる時間」や「何もしない時間」を作りだすことに関心があると言います。

 

自然学校を開校して約10年たちました。自分たちがやってきたことを改めて振り返ると、自然の中での体験を通して「見えない価値」を「目に見える形で」体現してきたという思いです。それをさらに明確にするために今春、猪苗代湖畔に建物を買い、さらにご縁もあって、兼ねてより望んでいた猪苗代湖畔により近い場所へ校舎を移転しました。

 

「見えない価値を目に見える形で体現する」ことを和田さんは別の形でも実現しています。出身地である矢吹町に、和田さんのお母さんの夢だった飲食店をオープンさせました。子育て後の母親たちが気軽に集う場所であり、また通常の外食店では食べられない食事を提供する場所として、身体に優しい家庭料理を提供しています。

 

和田さんのような社会起業家と言われる人の役割は「どんな未来を創りたいか」「課題解決」という言葉がつきまといます。しかし自分の行く道はそれとは違うと。今の和田さんは思っています。

 

 

参加者からは「和田さんの人生の中で正義感が変わっていくさまを見ることができた。自然と教育が結びつくと、世界を広げて自然の中で教育ができるすごさがあるとわかった」というご感想や「大人バージョンのキャンプをやってほしい」という要望をいただきました。

参加者の多くは直接和田さんと交流のある方でしたが、中には偶然当イベントを知り、飛び入り参加された方もいらっしゃいました。オンラインでの交流が、リアルで交流できるきっかけになればいいと思いながら、ひとときを共にすごしました。

 

参加者からのご感想(ページが移動します)

聞き手:武田悦江

文責 :武田悦江