2018.8.30開催! 私たちのターニングポイント 田中豪さん

今回のゲストは郡山市日和田町にある「暮らしづくりビレッジ」を運営している一般社団法人Stand for mother’s の代表理事、田中豪(たなか たけし)さんです。ママやパパ、ファミリーみんなが支え合って活動することで自分らしく輝ける社会、子ども達にとって住みやすい社会を作るということを目的に2012年に設立しました。「困ったことを、困っている当事者同士がサポートする」ことを大切にしています。

 

例えるなら「ご近所にお醤油を買いに行く」感覚です。暮らしづくりビレッジには子育て中の女性の方の就労支援、ママ向けの民間型ハローワーク「おしごと百貨店」と、カフェスペース「暮らしづくりベーグル&コーヒー」の2店舗と、多目的スペースのある複合施設として日本財団の助成をうけて2016年に福島県郡山市にオープンしました。 

 

実は田中さん、このほかに一般社団法人JAPAN FAMILY PROJECTの理事でもあります。こちらの団体は東京を起点に、全国の子育て支援団体の中間支援的なネットワークを作る活動をしています。いずれの活動も東日本大震災がきっかけでした。元々東京にある、雑誌の編集プロダクションに勤務していた田中さん。その雑誌の読者は若い年齢で出産を経験したママたちでした。若いママたち(読者)に向けたPromotion企画の運営や制作などを仕事にしていた関係で、全国の若いママたちとのネットワークがありました。そのネットワークから、東日本大震災が起きたとき「被災地に住むママたちに何かできることはないか」という声があがったのです。

 

最初に行ったのは南三陸と石巻、4月頃でした。必要なところに、必要なものが届いていない状況だったので、現地のママたちに直接聞いて、必要なものを届けるということを1年10カ月続けました。ほかにも現地の公民館でママたちが楽しめるようなイベントをやったり、津波などにより被災されたママたちの意見を聞いた「防災ママブック」を作成し、全国に配布したりしました。物資の保管倉庫や支援物資の送料などのサポートをしていたつながりから「ほかの社会課題にも応用できるのでは?」とアドバイスをもらい団体を法人化。現在の活動につながっています。そんな田中さんは、どんな少年だったのでしょうか。

 

田中豪さんは京都府京都市で誕生。清水寺や三十三間堂が身近にある環境で育ちました。金融機関に勤務する父、養護教諭をしていた母のもと、小学2年くらいから始めた少年野球に夢中になります。一方姉は中学生になり、高校受験を控えて受験勉強を始めていました。「高校受験を考えずに野球を続けるためにはどうしたらいいのか?」と考えた豪少年は「(大学までエスカレーター式に進学できる)私立中学を受験。見事合格し、中学3年まで思う存分野球に打ち込みました。

 

高校に進むと今度は音楽の世界にはまります。楽器を弾くのではなく、DJでした。野球部引退後、短髪だった髪を伸ばし、ドレッドパーマをかけます。最初にこの髪型にしたとき、まず祖母が口をきいてくれなくなり、エスカレーター式に進学できるはずの大学進学の際、高等学校の校長から「お願いやから(髪を)切ってくれ」と言われたというエピソード付きです。DJをしているだけでは飽き足らず「もうちょっと音楽業界のことを知りたいな」と思い大学を休学。あるクラブの店長を任されます。ここでも持ち前の軽いフットワークで、いろいろな音楽イベントを開催します。 

ますます音楽にはまった豪さんは、大学を休学することに。最初の1年は親を説得できましたが、普通に学費を払いながらも大学に行かなかった1年間を含め4年間休学。24歳の時に大学3年生として復学した時には、同級生が大学の事務職員になっているなど、時の流れを感じたといいます。復学した2年間は必死に勉強して単位を取得。26歳で若いママたちのための雑誌の編集プロダクションに就職。その後震災への復興支援が縁になり、郡山市に移住。若いママたちから多く聞かれた「働きたいけど、なかなか働けない」という悩みを解消する手段として「暮らしづくりビレッジ」を立ちあげました。

 

郡山市に移住した田中さんは、もう一つのチャレンジを始めます。それが「Link-Ring Koriyama」です。同じ地域で活動している団体同士をつなげ、情報が必要な人に届くよう、活動の幅を広げる取り組みです。2018年のゴールデンウィークには市内にある乳業メーカーを巻き込んで「親子で野菜オレを作ろう」というワークショップを開催。大好評のうちに終わりました。

 

誰も知る人のない郡山市でしたが「誰々を連れて行くよ」「誰々を紹介するよ」というご縁のつながりにより、ここまで来たと言います。常に自然体の田中さんだから、できたことなのかもしれません。そんな田中さんの人生のキーワードは「恩返し」。「人に迷惑をかけるな」と親からずっと言われ続けた言葉が、今も、田中さんの行動指針になっています。 

 

東日本大震災後、東北地方での支援活動や、暮らし作りビレッジのことを語る時は、やや緊張気味でしたが、子ども時代の話になると一転してリラックスした表情に。野球少年からクラブ時代の思い出になると本当に活き活きと語ってくださいました。自然体の田中さんが、郡山のママたちと広げる「暮らしの場」を、これからも見守っていきたいですね。

聞き手:三部香奈

撮 影:武田悦江